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府中市の耐震診断・構造設計に強い建築設計事務所

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株式会社なまあず本舗公式HP

府中市の歴史

歴史の街は交通の要衝

 私は高安寺保育園(府中市片町)で育った関係上、先生から昔の府中のことについていろいろと教えてもらって育ちました。その伝聞も含め書いてみました。

古代〜

 大化の改新以後、武蔵国がおかれ、その国府は府中市付近におかれました。府中の名前は国府の中心を意味します。つまり中心地です。そのため早くから政治、経済、文化の中心地として栄えました。
 府中市の中心にある大國魂神社は景行天皇の111年に創建と伝えられ非常に古い神社です。源頼義・義家が奥州に向かう際に戦勝祈願するなど由緒ある神社です。
 あの百足退治伝説や平将門討伐で有名な藤原秀郷も府中に縁があり、現在の高安寺付近に館跡があったそうです(高安寺で聞きました)。
 武蔵国の国分寺からも至近距離にあります。古墳も多く、古代においてはかなり開かれた地であったことは間違いないようです。

鎌倉時代〜

 鎌倉時代に入るちょっと前、源頼朝と義経の兄弟の関係が悪化し義経と弁慶が鎌倉入りを拒否されたのち、府中市付近に立ち寄ったという伝説が残っています。府中市片町付近に弁慶橋、弁慶坂、弁慶井戸(高安寺)という名前で残っています。また高安寺は足利尊氏が中興したといわれる歴史ある寺です。
 鎌倉時代は、鎌倉に向かう道を鎌倉街道といい、複数の道がありましたが、府中もその一つが通っていました(現在も府中には鎌倉街道という名前の道路や道があります)。その交通の要衝であったことから、鎌倉幕府滅亡時の分倍河原の合戦の舞台になりました。最後の戦いと意気込んだ鎌倉幕府軍が初戦を勝ちました。しかし盛り返した新田義貞軍に打ち破られて鎌倉に向けて落ちていきます。そして鎌倉幕府は滅亡します。鎌倉幕府の命運を事実上決めた戦いの舞台でもありました。その後も南北朝時代に新田軍と足利軍による人見原の戦いが発生しました。
 鎌倉街道など古い道に関しては「府中市の古代の道」にまとめたのでご参照ください。

江戸時代〜

 鎌倉時代・南北朝時代以降は、府中が表舞台に立つことは少なくなりました。それは室町時代、安土桃山時代と歴史の舞台は京都・大阪であったためです。戦国時代も府中は交通の要衝ではあったものの平地であり、城もありませんでした。後北条家支配下でも、特に大きく取り上げられることはありません。
 しかし徳川家康が江戸に入り、後に江戸幕府を開くころになると再び重要な地点となります。
 江戸幕府の交通網は五街道。五街道の一つである甲州街道の経路にあり、府中宿は29軒の旅籠をもつ大きな宿場町として成長しました。現在の町名などにつながる名前はこのころのものです。道については、詳しくは「府中市の江戸期の道」でまとめたのでご参照ください。

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なまあず本舗
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〒183-0022
東京都府中市宮西町4-7-1
TEL.042-361-4564

運営会社
 株式会社なまあず本舗
なまあず本舗設計室の行き方
府中市役所前
府中街道と旧甲州街道の交差点(府中市役所前交差点)を西に向かいます。左側には御旅所、右側には蔵のある酒屋「中久本店」があります。
バス停より
50mほど歩くと、旧甲州街道北側に三階建ての茶色いタイルの建物が見えます。ちなみに二軒手前にも同じようなタイル張りの建物がありますが、その先の細い道路の角にある写真の建物です。
なまあず本舗本社前
事務所前は芝生になっています。また窓を覗くとセレクトショップ(なまあずショップ)になっています。設計室も入口は同じです。気にせず正面からお入りくださいませ。

関連サイト
 なまあずソリューション
 なまあずショップ
 なまあずショップ楽天市場店
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